アームストロング砲

司馬遼太郎 著
講談社文庫

1.薩摩浄福寺党

浄福寺は京都の西陣のお寺でしたが、京都政界に進出した薩摩藩が、既存の藩邸だけでは藩士を収容しきれないために、この浄福寺の客殿や本坊を借り上げて藩士が住んでおりました。浄福寺に起居していたのは下級藩士で乱暴者が多かったので、誰がいうというわけでもなく「浄福寺党」と呼ばれていたそうです。主人公は、この浄福寺党の中でもとりわけ乱暴者だった肝付又助。子供みたいな無邪気さを持った又助が、新選組を相手に大暴れしてくれます。かなり短い短編ですが、又助の躍動が細かく描かれており、おもしろかったです。

2.倉敷の若旦那

主人公は倉敷の町人志士、大橋敬之助。彼は庄屋の生まれで、倉敷の富裕な商人・大橋家に養子に入ってきた人物です。彼は正義感が強く、さらに三国志演義の諸葛亮孔明のくだりを読むと、自分自身を抑えられないほどの気持ちが昂ぶらせる情熱家でありました。飢饉を利用して暴利をむさぼる悪徳商人との対決に始まり、さらに蛤御門で敗れた長州藩を救うために義勇軍に身を投じ、彼は自分の信念に従って時代を進んでいきます。
ただ、そんな彼も長州藩ではいわゆる「草莽隊」に所属している人物で、最後のくだりは悲しいものを感じさせられました。

3.五条陣屋

「五条陣屋」とは言い換えると「五条代官所」。南大和7万石の幕府領を管轄していた五条代官所は、幕末に尊攘派の天誅組の襲撃を受けて壊滅してしまいました。この章では、代官所の手代役人・木村祐次郎と天誅組所属の志士・乾十郎の二人を軸に、江戸時代の世襲制身分制度のひずみと悲哀を描いております。

4.壬生狂言の夜

目明し稼業を営む主人公の与六は、新選組の土方歳三の命令である隊士についての内部調査を行う、というミステリー形式の編です。なので、内容は書きませんが、ここで登場する土方は、同じ筆者が書いた「燃えよ剣」とはまったく違う男として描かれております。土方ファンには腹立たしい作品かもしれませんが、与六が事件の全貌を解き明かしていく話の流れはなかなかおもしろかったです。

5.侠客万助珍談

主人公は鍵屋万助。武士でも志士でもない、政治思想とはまるで縁のない博徒です。題名に「珍談」とありますが、内容もまさにその通りで、類を見ないある種の豪傑が描かれております。そのへんの描写はユーモラスに描かれているので、読んでて楽しくなってきました。博徒というと悪いイメージが先行しますが、万助ほどの境地まで至ると、単なる「博徒」ではない、風変わりな豪傑として認識されるようです。それにしても、万助は商売がうまい。

6.斬ってはみたが

主人公は剣術家の上田馬之助。幕末の江戸三大道場の一つに数えられた桃井道場で稽古をしていましたが、実力のほうはいまひとつ。特に、試合になると冴えなくなってしまう、という人物でした。そんな彼が、ふとした事件をきっかけに、新たな境地を掴みかけるのですが・・。
拙者にも心当たりのあることです。「あの時はなんでうまくいったんだろう?」という具合に。

7.大夫殿坂

大夫殿坂(たゆうどのざか)とは、大坂で豊臣家が栄えていた頃、福島左衛門大夫正則の屋敷があったことから名づけられた地名です。主人公は津山藩の井沢斧八郎。謎の死を遂げた兄の家督を継ぎ、仇を討つために大坂蔵屋敷の役人となり、独自の捜査を始めます。これも「壬生狂言の夜」と似たミステリー形式になっているので、内容は述べませんが、正直なところあまりおもしろくないです。

8.理心流異聞

「理心流」とは新選組の「天然理心流」のことです。本編の主人公は女性に大人気の沖田総司であります。といっても、総司の活躍と悲劇的な結末を描いた話ではありません。剣客としての沖田の特徴を、試衛館時代の苦い思い出と、その後の新選組での戦いを題材に描いております。
沖田の話もなかなか面白いですが、脇役の井上源三郎の話が、拙者は一番おもしろく感じました。2004年NHK大河ドラマ「新選組!」に登場する井上源三郎の印象にぴったりです。

9.アームストロング砲

アームストロング砲とは、幕末の頃にイギリスで開発された最新型の大砲で、弾丸が球形ではなく尖状になっており(今の弾丸の形)、射程距離、破壊力ともに従来の大砲を凌駕するものでした。しかし、当初は砲身が破裂するという危険性が解決できていなかったこともあり、欧米列強でもまだ採用している国はほとんどない、という状態でしたが、鎖国で眠っている日本で唯一、佐賀藩だけがこの砲を買い入れて、藩で生産することに成功したのでありました。この編では、この砲を題材にとって幕末の佐賀藩と、佐賀藩を支えた秀才たちが描かれております。
それにしても、描かれている武士達は見事なものです。現代なら社会問題になることでも、彼らはまったく厭うことがありません。それだけに、現代人の拙者から見れば哀しさも感じました。結末があっさりしている印象も受けましたが、なかなかおもしろい作品でした。

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