炎環

永井路子 著
文春文庫

当時の日本を大きく変えた源平合戦と史上初となった武家政権の確立。この歴史の流れを4つの中編で描くという構成をとっております。あとがきに 『それぞれ長編の一章でもなく、独立した短編でもありません。一台の馬車につけられた数頭の馬が、思い思いの方向に車を引張ろうとするように、一人一人が主役のつもりでひしめきあい傷つけあううちに、いつの間にか流れが変えられてゆく―そうした歴史というものを描くための一つの試みとして、こんな形をとってみました。』
と記されておりますが、その試みはなかなかおもしろいものでありました。


・悪禅師

この章の主人公は頼朝の異母弟で義経の兄にあたる全成(幼名:今若)。きらびやかな大鎧をまとって戦う武者とは対照的な僧体の若者の視点から源平合戦が描かれております。自分の気持を表面に出さない冷徹な改革者である頼朝と共に、暗く重い雰囲気が感じられました。まるで宿命であるかのように、悲劇的な結末を迎える源氏の一族の中で、権力闘争の外にいた彼は・・・

・黒雪賦

次の主役は讒言が多いなど、なにかと評判のよくない梶原景時。この物語の中では、血の気の多い板東武者の中で数少ない頼朝の改革の理解者であり、武家の世を作りあげるという目的に自分の信じる道を進むのでありました。しかし頼朝の死後は、御家人のみならず将軍・頼家にも疎んじられ悲しい最後を遂げるのでした。物悲しさを感じた章でした。

・いもうと

主役は北条政子の妹・保子。前章「悪禅師」の全成の妻であります。姉の政子はじめ兄弟姉妹とはほとんど似ていない彼女は呑気でお喋り好きな性格。鎌倉の権力闘争には無縁であるかのような彼女も政子の「いもうと」でなのであります。

・覇樹

最後の主人公は、源平合戦から鎌倉幕府最初の危機である承久の乱を乗り越えた執権・北条義時。若い頃はほとんど表に出なかった彼は、前の3編でもほとんど登場しませんが、決して無為に時を過ごしていたわけではありませんでした。鎌倉幕府の事実上の支配者、言い換えれば武士の指導者となった彼の物語で、この一冊は幕を閉じます。

・昭和54年NHK大河ドラマ「草燃える」 原作
・1964年 第52回直木賞受賞


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