北斗の人

司馬遼太郎 著
講談社文庫
「週刊現代」 昭和40年1月1日号〜10月28日号 連載長編

江戸時代、北辰一刀流を開いた千葉周作を主人公とした話です。同社発行の短編集「真説宮本武蔵」にも「千葉周作」が収録されておりますが、こちらは長編になっており、周作の幼年時代から波乱の前半生を描いております。
この小説に描かれている千葉周作は、剣術から神秘性や宗教性を排除し、合理的で誰もが習得できる流派を開くという、大志を遂げるために奮闘し、知恵を働かせる若者でありました。特に拙者の興味を惹いたのは、彼の思考回路でした。剣術の極意は相手よりも先に敵にほうに行かせること、という物理現象のように捉えた彼の発想は従来の剣術ではありえないものであり、それと同時に伝統ある流派からは敵視されるものでありました。それでも彼は、自分が見出した新しい剣術の力を信じること、そして天下にこの流派を広めるために、あえて戦いと苦難の道を選ぶのです。
拙者は小学校高学年から中学校まで剣道をやっていたのですが、止めてしまいました。今思えば、その時この本を読んでいれば、剣道を続けていたかもしれません(もっとも、中学生の拙者がこの本を読んで、今のような感銘を受けるかどうかはわかりませぬが)。今後、剣道を再開することはないかもしれませんが、この小説に描かれた千葉周作の生き方は、宮本武蔵の「五輪書」と同じくらい、拙者が生きる道、拙者だけの物語の行く先を暗示してくれたかもしれません。そう考えると、やはり歴史小説とは面白いものだとつくづく思うのでありました。
ちなみに、北辰一刀流を学んだ著名人の一人に坂本竜馬がおり、彼は周作の弟・定吉の京橋桶町道場に通っております。千葉周作の門弟に坂本竜馬がいたという事実は、不思議な縁であると同時に、納得できる事実のような気がします。


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