炎立つ

高橋克彦 著
日本放送出版協会
文庫版:講談社文庫

主人公:藤原経清 藤原清衡 藤原泰衡

 「前九年の役から後三年の役を経て、奥州藤原氏の滅亡までの東北地方」という、比較的マイナーな時代を描いた三部作。戦国時代、幕末、源平合戦などのメジャーな時代ではないので、予備知識があまりないまま読んだのですが、これが実に面白かった!!大河ドラマになったのも頷けるほどの、物語性と歴史観を持った作品になっています。

 物語は陸奥を治める安倍氏と、朝廷から派遣されてきている陸奥守との対立を軸に描かれています。例えるなら「中央と地方」の対立とも言えるでしょう。朝廷による貴族政治は腐敗し、地方政治は国司や受領が私腹を肥やすことしか頭になし。そんな世の中で、「蝦夷」「俘囚」などと蔑まれてきた安倍氏が治める奥六群は、金と馬、という特産品を活用して力を蓄えていました。その統治機構も、朝廷とは異なる独自の仕組みを整えていきます。
「頼りにならない国(中央)はあてにしないで、自分達の力で国を作っていこう!」
安倍氏の面々を見ていると、そんな元気が湧いてきます。
 しかし、その安倍氏の国を脅かす存在となったのが、徐々に勢力を増してきた武士団「源氏」。源氏の棟梁・源頼義が陸奥守に着任したことにより、物語は急展開を見せます。安倍氏の歴史が、そして、東北の歴史が大きく動き始めていくのです。

<こんな方には是非読んでほしい!!>
・東北地方出身の方
・平安時代末期の歴史に興味がある方

 第一巻は前九年の役が勃発する原因となった、陸奥守と安倍氏の対立を描きます。主人公は藤原経清。武勇の誉れ高い武士でありながら、欲深い陸奥守に顎で使われる一人の郡司に過ぎない経清。そんな彼が、安倍貞任の婚儀出席のために衣川を訪れたことが運命の分かれ道になりました。「蝦夷」「俘囚」と蔑まれている安倍氏が、その胸の中に秘めていた「武士」として心意気に共感を禁じえない藤原経清。その一方で安倍氏の富を知り、それを奪うために計略を企てて戦を起こそうと陸奥守。忠義と正義の間に揺れる経清と、安倍氏が朝廷軍を相手に大活躍します。

 陸奥守に源頼義が着任。安倍氏の懐柔策も虚しく、のちに「前九年の役」と呼ばれる戦乱が勃発します。安倍氏の娘と結婚した経清は、当初は朝廷軍として前線に赴きます。しかし、源頼義の卑劣な采配、同僚である平永衡の謀殺、そして自らの心に嘘をつきながら、戦場で戦わなければならない辛さが重なり、ついに経清は朝廷を見限って安倍氏に味方するのです。
 一人の武士としての生き方。朝廷の一員としての生き方。そして安倍氏の生き方。人間が生きるうえでの価値観を考えさせられる展開になっています。

 黄海の戦いの大勝利は、安倍氏の勝利を決定づけるものでした。しかし、出羽の清原氏が源氏に援軍を送ったことで、戦況は一変。さらには安倍氏の内部対立問題も具現化しはじめ、次第に戦況は不利に。藤原経清、安倍貞任、源頼義、源義家ら、登場人物たちの物語が結末を迎える感動の第一部の最終巻です。

 時は流れて、清原氏の時代。前九年の役で、陸奥・出羽の支配者となった清原氏でしたが、家督相続問題がこじれて、のちに「後三年の役」と呼ばれる戦乱が勃発します。主人公は、藤原経清の一人息子・清衡。いろいろと謎が多い後三年の役ですが、故人となった経清の妻・結有とその一族の秘めた思いを軸に、見事に描いた第四巻です。

 最終巻の主人公は藤原泰衡。一般的には、源頼朝の要求に屈し義経を殺害したものの、最後には頼朝に滅ぼされてしまった暗愚な指導者、というイメージがありますが、この巻の泰衡はまったく別人です。行き詰まった朝廷の政治と、平氏政権。そして新たに樹立された頼朝の鎌倉政権と奥州藤原氏の政権。政治機構に起因する国のあり方から、激動の時代を描いております。
また、源義経の結末についても、史料を交えながら説得力の高い説で描かれています。


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