平の将門

吉川英治 著

今からおよそ1000年近くも昔にさかのぼった日本。いや、当時は現在でいう「日本」の国家意識すらまだなかった時代。国土も人々も現在とはだいぶ異なるその世界で、後に世の中を動かす力を持つ武士が成長を始めようとしていた。藤原氏のような一部の貴族は朝廷の政治を独占して栄華を誇る一方で、都には貧しい人々が溢れ盗賊が跳梁跋扈していた。地方では貪欲な国司らが好き勝手に振るまい、土地所有者との間で抗争を起こすこともしばしば。そんな中、都から遠く離れた関東の地で、帝系の血筋である平氏一門が一族内の土地争いを発端に戦乱を巻き起こした。この戦乱の中で名を轟かせたのが平将門である。

平将門は有名な人物ではありますが、彼を描いた小説を読んだのはこの作品が初めてでありました。「宮本武蔵」などで、吉川氏の小説におもしろさを発見したのも、これを読んだきっかけの一つであります。
主人公である将門の目を通して当時の国の状況が明瞭に描かれ、登場人物たちも個性溢れる面々でありました。将門は司馬遼太郎氏の「義経」に似ているような気がしましたが、これもその頃の人間に共通した特徴だったのでしょうか?
ところどころに「将門記」や貴族の日記などの史料を引用して解説している部分もあり、この時代のことをあまり知らない読者にも読みやすく、且つちょっとした知識の吸収もできる形になっております。前半の将門には、呑気者が持っているほのぼのとした雰囲気があり、ちょっと笑ってしまうこともあったのですが、物語が進むにつれ、呑気で単純な将門も現実を知り始め、変化していきます。そしてある事件が彼の人生を大きく変化させます。武勇の誉れ高き侍といえども、心は人の子。人生の儚さを少し感じた作品でありました。


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