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城・砦選択

甲府城跡(舞鶴城公園)

時代区分織豊・戦国時代分類区分城・砦旧国名甲斐
現在地山梨県甲府市丸の内1丁目
県指定史跡(昭和43年指定)
関連人物
関連事件
北側入口

甲府城跡は駅のすぐそばで、甲府市街地の中でも中心部にあります。上の写真は、城の北側の入口です。木の立て札には「舞鶴城公園」と記されておりました。「舞鶴」とは、江戸時代に名づけられた別名です。ちなみに、甲府城という名称も略称(?)で、正しくは「甲斐府中城」というらしいです。
山梨県は甲斐の戦国大名・武田信玄の本拠地ですが、この城は武田氏が滅亡した後に築城されました。

天守台の上から撮影した公園内の写真。
綺麗な石垣と多聞櫓が朝陽によく映えていました。

天守台は意外とかなり高い位置にありました。なので、甲府市を広く見渡すことができます。この日は、南の彼方に一際高い山(富士山かな?)も、霞がかっていましたが肉眼で見ることができました。 全体的には「城跡」というよりも「城跡公園」のようですね。現在も一部区画は工事が進んでいるのですが、きれいな花壇があったりしてパンジーが咲いていたりします。

甲府城の歴史(案内板より)
1600年
慶長5年

浅野氏の統治下で完成(したと考えられている)

江戸前期

徳川義直(家康9男)、忠長(秀忠三男)、綱重(家光三男)、綱豊(のちの6代将軍家宣)の一門が城主となり、城番・城代制がしかれる。

1705年
宝永2年

柳沢吉保が入封。その子の吉里が大和郡山に転封された後、甲府勤番制となる

明治時代

廃城となり、建築物は破却されて葡萄酒醸造所が造られる

1904年
明治37年

「舞鶴公園」として開放される

1917年
大正6年

払い下げられて県有地となる

1968年
昭和43年

県指定史跡となる

1990年
平成2年

舞鶴城公園整備事業実施

<交通手段>
・JR「甲府」駅より徒歩5分ほど

探検日:2004年4月18日
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