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松江城

築城年 1602〜
1607年
分類 平山城
築城者 堀尾吉晴
別名 千鳥城
歴代城主 堀尾家 → 京極家 → 松平家
史跡指定

・国史跡 (昭和9年5月1日)
<重要文化財>
天守閣(昭和10年5月13日)

現在地

島根県松江市殿町
(旧国名:出雲)
<左写真:現存天守閣>

略歴

・慶長7年(1602年)  堀尾吉晴が築城開始
・慶長12年(1607年) 松江城、完成
・寛永11年(1634年) 堀尾家が断絶、代わって京極忠高が城主となる
・寛永15年(1638年) 京極忠高が嗣子なくして病死。松平直政が18万石で入城

<松江城の沿革>
 慶長5年(1600年)、関が原の戦いの功により、出雲・隠岐24万石の大名となった堀尾吉晴(ほりお よしはる)が、領国経営のために新たに築いたのが、この松江城でした。吉晴は、加藤清正らと並んで築城名人として知られており、この松江城も堀と曲輪で固めた実戦向きの城になっています。
 堀尾家、京極家が断絶した後に入城してきた松平直政は、徳川家康の孫にあたる人でした。以後、松江城は松平家の居城として機能し、明治維新を迎えることになります。維新後、廃城処分となり、ほとんどの建物は破却されましたが、天守閣だけは有志の手により保存され、現在に至るそうです。
 ちなみに、別名の「千鳥城」は、天守閣を美しく飾っている「千鳥破風」に由来しているとのこと。確かに立派な破風であります。

<おすすめ見所>
 松江城の周辺地域は伝統美観保存地区となっており、風情ある町並みになっております。堀川(内堀)の遊覧船をはじめ、観光名所はこの地区に集中しており、一つずつゆっくり見ていると1日ではとても足りないかもしれません。松江城じたい、城の敷地面積は国宝の姫路城に次ぐ(らしい)ので、城だけのんびり見ても2〜3時間はかかるでしょう。
 今回は時間の都合上、天守閣と堀川遊覧だけだったのがちょっと残念。山陰に来る際は、また訪れたいです。


探検日:2006年8月12日
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