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和歌山城

築城年 1585年
分類 平山城
別名 虎臥城、竹垣城
築城者 羽柴秀長、浅野幸長、徳川頼宣
歴代城主 羽柴家 → 桑山家 → 浅野家
→ 徳川家
史跡指定

・国指定史跡
・重要文化財:岡口門 (昭和32年指定)

現在地

和歌山県和歌山市一番丁3
(旧国名:紀伊)
<左写真:岡口門と天守閣>

略歴

・天正13年(1585年) 豊臣秀長が紀伊の主となり、築城を始める。本丸・二の丸を建造。
・天正14年(1586年) 豊臣秀長の城代・桑山重晴が3万石で入城。初めて和歌山(若山)城の呼称がつく。
・慶長5年 (1600年) 浅野幸長が37万6000石で入城。大改築が行われる。
・元和5年 (1619年) 徳川頼宣が55万5000石で入城。
・弘化3年 (1846年) 落雷により、天守閣が焼失。
・嘉永3年 (1850年) 天守閣が再建される。
・明治4年 (1871年) 廃藩置県によって廃城となる。
・昭和10年(1935年) 天守閣隅櫓、楠門などが国宝建造物に指定される。
・昭和20年(1945年) 戦火によって天守閣焼失。
・昭和33年(1958年) 鉄筋コンクリート造りで天守閣復元

<和歌山城の沿革>
 和歌山城は徳川御三家、55万5000石の居城として有名です。8代将軍・徳川吉宗や14代将軍・徳川家茂(とくがわ いえもち)は紀伊徳川家の出身であります。和歌山城が築かれたのは天正13年(1585年)に豊臣秀吉が紀伊を統一し、自ら虎臥山に縄張りを行い、藤堂高虎羽田長門守の二名を普請奉行に任命したのが始まりであります。

<おすすめ見所>
和歌山城天守閣
 左写真が和歌山城天守閣。ここを訪れたのは午後4時半頃で、通常なら天守閣は閉館している時間でありましたが、「お城で夕涼み(確かこんな名前)」という企画で、開館時間が延長されておりました。天守閣の中身は一般的な城内資料館となっております。ちょっと驚いたのは、展示品の一つ「忍者胴」。胴部分が鎖帷子でできている鎧が置いてありました。これはどういう人が着用したのか?名前通り忍者が着るには、ちょっと重くて動きにくいとも思えたました。

復元された渡り廊下橋
 写真下部に映っているのが復元された廊下橋です。堀の外側から見ると、天守閣がちょうど一緒に見えるんですね。和歌山城もあちこちで発掘調査・復元が進んでいるようです(^-^)

<その他>
和歌山城も公園としての整備が進んでおり、かつての西の丸庭園も憩いの場となっています。
また、園内には茶室「紅松庵」があり、「点出し(有料450円)」も行っているようです。

<登閣情報>
・登閣時間 3月〜11月 (AM9:00〜PM4:30)
      12月〜2月 (AM9:00〜PM4:00)
・休日 12月29、30、31日
・入閣料 大人(高校生含む)・・350円 小人・・170円

<交通手段>
・JR紀勢本線(きのくに線)・阪和線「和歌山駅」より徒歩20分ほど

探検日:2003年8月10日

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