石和川中島合戦 戦国絵巻

第26回 2004年4月18日

上杉軍が続々と入場してきました。

敵将発見!!

上杉軍の入場が終わると、まずは実行委員長からの挨拶から始まります。今年はドイツの何とかという姉妹都市からも見物にいらした方々がいらっしゃいました。その方からも挨拶があったのですが、これがけっこう長かった。武田勢は居眠りしている兵もちらほらでござった(^_^;)。
その後、献塩の儀、古式武道奉納、米沢砲術隊による火縄銃演武、三献の儀(武田軍出陣式)、武蹄式(上杉軍出陣式)と、昨年同様にイベントが進んでいきます。去年は旗やら人やらに隠れてしまって、何が行われているのかさっぱりわからなかったのですが、今年は大きな生中継モニターが本部近くに設置されていたので、拙者もそれに映し出された儀式を見ておりました。

上杉軍がズラリと並び、「車懸かりの陣」が始まります。上杉軍が武田軍に向かって突撃してくる時間です。
といっても、武田軍の拙者は特にすることもありません。ぼんやり見てるのも暇なので、刀を振ってみたり、写真撮ってみたりしておりました。

上杉軍の突撃場面は動画でも撮ってみました。武田軍から見ると、こんなふうに見えました。
こちらをクリックしてみてください(音声無し、約8秒)
本物はもっと迫力があったゆえ、一度実際に見てみることをオススメいたします。
去年は、各隊2回ずつ突撃を行ったのですが、今年は1回ずつに変更されたようです。

川中島といえば、武田信玄と上杉謙信の一騎打ち!
今年の謙信公は、戦場全体を大きく使って馬を走らせ、3回信玄公に斬りかかりました。
写真は、一太刀浴びせたすぐ後の様子。

謙信公が撤退した後、橋と戦場中央では殺陣部隊による剣劇が繰り広げられます。
写真は、戦場中央の殺陣の一場面。

この後、騎馬武者4騎が戦場に登場し、戦況は激しさを増します。そして、騎馬武者が引いた後は、いよいよ参加者全員による「魚鱗・鶴翼の戦法」に入ります。要するに、参加者全員による総がかりです。やっと出番だ\(^O^)/!!
武田軍が陣形を整えている間、拙者は早速信玄公本陣の正面に陣取りました。そう、今回の目的は信玄公の防衛!!
元気のいい上杉兵から御館様をお守りする!武田軍ならではの楽しみ方であります^^。
明智殿が戦場で拾った刀を使って二刀流で、上杉軍を待ち構えます。
待つこと数十秒だったでしょうか。武田軍の間隙を縫うようにして、数名の上杉兵が本陣前に現れました。そのうちの一人を相手と見て、彼の前に立ちはだかる拙者。
ここは通さんぞ〜〜( ̄ー ̄)
ふと後ろを見たら、なんと御館様が一人でぽつんと床机に腰掛けているではありませぬか(驚)!!去年は陣羽織を着た武者達が御館様の周りに人垣を作ってがっちりと護っていたのですが、今年の陣羽織武者は傍観しているだけで、少しも護ろうとしておりません(汗)。
その隙を狙って上杉兵が御館様に接近!真下殿がそれを追いかけるのを見て、拙者も目前の敵を捨てて御館様のそばに駆け寄ろうとしましたが、とても間に合いそうにありません。

危うし!御館様!!

このピンチを救ったのは、スタッフの鶴の一声でした。
コラ!!ダメだダメだ!!
一喝された上杉兵はこれでスゴスゴと退却。御館様は一命をとりとめました。
しかし、スゴスゴと下がる上杉兵を見て、ちょっとかわいそうだな、と拙者は思いました。

ふと前方を見てみると、右手に見覚えのある鎧武者を発見!
そう、越後のサムライダーやーたろー殿であります!
やーたろー殿とは事前に、戦場で勝負しましょう、と話していたのです。

「そちらにおわすは越後のサムライダー、やーたろー殿とお見受けいたした!いざ勝負!!」

と、大声で呼びかけたつもりだったのですが、声は届かなかったのか、他の武者達と共に後退。これは千載一遇の機会を逃すと思い、ダッシュで追いかけ、やーたろー殿の背中に飛びかかって御首頂戴いたしました。
・・・・ちょっと卑怯な手でしたね・・やーたろー殿、ごめんなさい。

この時の戦場の様子。周囲の上杉兵のみなさんは引き上げの途中です。
拙者は顔がニヤケ過ぎているので、写真は小さく加工。

(写真提供:やーたろー殿)

やーたろー殿は、前夜にかなり飛ばしていた模様で、この時の最初の台詞が
「疲れた・・・・」
だったことには意外な気がしました。

さて、再び両軍に攻撃開始の命令が出ました。拙者はやーたろー殿と別れ、今度は上杉軍本陣に向かって走り出しました。当初の信玄公防衛!!の目的は忘れ去っておりました(^_^;)
(おや、あの方は・・・)
この時、戦場の中ほどで、見覚えのある兜武者を発見。去年、同じ隊だった一条信龍殿でした。此度は一部隊の大将のようです。
一条殿「あ!・・(拙者に気付いた模様)」
「これは一条殿!お久しぶりで・・・」
乱戦の中で出会った二人。去年は同じ隊だったものの、時の流れには逆らえず、敵味方に別れ、刃を交えるという悲劇的な運命をたどりました。でも、二人はこうして再び巡り会い・・・

「どぅおおりゃあぁぁぁ〜〜〜!!!」

突然の雄叫び。傍らから、オレンジ色が目立つ陣羽織を着た武者が、拙者に飛びかかってきたのです。拙者は何が起こったのかほとんどわかりませんでした。記憶もほとんどありません。気付いたら、戦場に取り残されておりました。後にわかったことですが、この時拙者に飛びかかってきた武者は紋次郎。殿だったそうです。こうして、「冬のソナタ」ならぬ「石和ソナタ(略称:石ソナ)」という悲劇的な二人の恋物語は幕を閉じたのでした。

・・・・・と、上記は事実を基にした拙者の思いつき物語です。込み入った内容はすべて拙者の創作なので、信じないでください。勝手に出演させてしまった一条殿、紋次郎。殿、ごめんなさい&ありがとうございます m(_ _)m

その後、拙者は上杉軍本陣に単身切り込んでいったものの、護衛の武者から槍の一撃を受けて(本当は当っていませんが)しまいました。ちょうど、退却命令が出ていたゆえこの辺でとりあえず後退。ところが、事件はまだ発生しました。
拙者が武田本陣に戻る途中、なぜか味方のはずの赤い足軽から斬りかかられてしまったのであります。一人が斬りかかると、後続の足軽もこれに続く始末。そう、同士討ちの連鎖反応です!拙者の鎧は赤いのに、上杉兵と間違えられてしまいました(^_^;)。同士討ちって怖いですね(実感)。
何とか味方の足軽の攻撃を突破して本陣に戻った拙者は、再び御館様の護衛。上杉兵を通せんぼして遊んでおりました。このあたりで、総がかりは終了となりました。拙者は兜の鍬形を落としてしまいましたが、諦めて帰りました。また自分で作ればいいゆえ。

<謝辞>
今回、同じ隊所属となった明智日向守光秀殿、采女佑殿、大江松寿丸殿、河村真就殿、鹿之介殿、城田ジョウ殿、筑後川殿、ほにゃぢ殿、真下昌景殿、松永弾正殿、お世話になりました。ありがとうございます。
そして、此度の石和川中島合戦戦国絵巻に参加された皆様、暑い中お疲れ様でした!
最後に、祭りの企画・運営に携わった石和川中島戦国合戦絵巻実行委員の方々に深く御礼申し上げます。


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