謙信公祭

第80回 2005年8月16日

←上杉本陣より、武田本陣を臨む

今年は、観客席から見て武田本陣は左手前に、上杉本陣が右手奥に配置されました。ちょうど、会場の対角線上で向かい合う形です。一昨年昨年は、武田軍の出陣式「三献の儀」は信玄公と武将がステージ上に移動して行われたのですが、今回は本陣の位置でそのまま執り行われました。

(写真提供:真下昌景殿

 シナリオ構成はこれまでとほぼ同様で、高坂別働隊の移動、上杉軍の下山「鞭声粛々夜河を渡る〜」の流れで、両軍が向かい合いました。そして、最初は「忍びの衆」による忍者同士の戦いが始まりました。今回は体術の闘いから始まり、最後は炎の剣という、映画のような演出道具が使われました。これには、観客も拙者も驚きでしたね!

そして、最初の見せ場「車懸かりの陣」が始まります。我ら内藤隊の相手は本庄隊!槍を置いて、ぞろぞろと赤い武者どもが所定の位置に集合。そして
「内藤隊、迎え撃て〜!!」
の号令で、全員が戦場中央に駆け出しました!

拙者は右翼から戦場に飛び込み、運良く対戦相手のマコ殿を発見すると、観客席前の焚火の付近まで移動。打ち合わせ通りの簡単な殺陣を演じました。

手薄になった武田軍の陣地に、上杉軍は容赦なく激しい攻撃を加えます。総懸かりの時、内藤隊と本庄隊の戦闘区域はステージ上!!
拙者は階段を使わないでステージに飛び乗り、偶然遭遇した真下殿と2,3合交え、その後さらにマコ殿とはステージの奥の奥、観客席からは全然見えない場所で奮戦した(つもりな)のですが、台本を変えて、武田軍の勝利を導くまでには至りませんでした
注:当たり前です)。

左馬之助殿演じる山本勘助は、柿崎景家との一騎討ちに敗れて討死(左写真)。
信玄公の御舎弟・武田信繁殿も、戦場中央付近にて討死。

(写真提供:真下昌景殿)

←信玄公 vs 謙信公 騎馬一騎討ち

今回の目玉の一つは、何といっても「忍びの衆」による信玄公と謙信公の騎馬戦でした!
「あれ?川中島の信玄と謙信の一騎討ちって、馬に乗った謙信の刀を信玄が軍配で受け止めたんじゃなかったの?」
と、思われる方もいると思います。一般的には、そのシーンが有名ですが、江戸時代に描かれた屏風には、騎馬戦になっているものもあるのです。とまぁ、時代考証的な話は置いておいて。
迫力満点の騎馬戦の後は、下馬してステージ上で再び刀を交え、やはり今年も信玄公は謙信公の一撃を受けて負傷してしまうのです(涙)

おやかた様〜〜〜!!!

←敵は一人だ!みんなでかかれば怖くない!!
・・・ほら、誰か先にかかれよ!


わかっちゃいるけど、下手な手出しは出来ない内藤隊(^_^;)
信玄公の親衛隊的な役割も兼ねている内藤隊は、御館様のピンチに駆けつけますが、どこからか突然馬を運んできた謎の上杉忍者に阻まれて近づけず。謙信公を捕捉することは叶いませんでしたが、負傷した信玄公を救出することには成功し、本陣に引き上げるのでありました。

(写真提供:真下昌景殿)

←上杉突撃隊の討死

 今年新たに追加された一場面、軒猿衆殺陣専門部隊による突撃場面です。
果敢に突撃する上杉兵を武田軍鉄砲隊が銃撃するという、言葉で説明するのは簡単な場面ですが、演技力次第で良くも悪くもなる場面です。軒猿衆の精鋭は、見事な死に様を見せてくれました。観客席から上がった歓声が、その迫力を示していると思います。
 この後、内藤隊と本庄隊による槍合戦が行われました。拙者は再びマコ殿と観客席の前まで移動し、槍を回して奮戦した(つもりな)のですが、時間切れでやむを得ず退却となりました。

←今年も現れた高坂隊

ピンチの武田軍にやっと応援の高坂隊が登場しました!松明を持って、坂を下りてくる姿は今年も綺麗でしたね(^-^)
高坂隊は、殿軍の甘粕隊の戦いが終わると、最後は上杉軍全軍による敵中突破で、合戦劇はフィナーレを迎えます。

(写真提供:肥前守左馬之助殿)

上杉・武田両軍が広場に整列した時、照明が落とされて門に灯が燈されました。この門は、ペットボトル製の門で、謙信公縁の林泉寺の山門を擬したものです。夜空に映える月と、闇に浮かび上がった山門がいい雰囲気を醸し出しておりました。
こうして、今年も謙信公祭は幕を閉じたのでありました。

 


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