桶狭間古戦場まつり

第15回 2003年6月8日開催

桶狭間古戦場まつり・後編

注:台詞などは台本の要約となっております。また、台詞は全て語り部の方がしゃべっておられます。

オープニング
語り部殿
(写真撮影&提供はま殿)

語り部
「さて、これまでは、信長は大軍を率いて上洛する今川義元公を倒すには、義元公本人を倒す意外になしと考え奇襲を画策し、桶狭間にて休息をとる義元公本陣に接近し、奇襲をかけた、となっておりました。が、この話は江戸初期の作家・山瀬甫庵が著した「信長記」という小説であり、いわば創作というわけでございます。のちに歴史家はこの話を信じ、まるで真実の如く伝えられてきたのでございます。では、その真実とは・・。
永禄3年、西暦1560年。駿河、三河、遠江を領する東海第一の戦国大名・今川義元公は京にのぼって天下に号令しようと大軍を発したのでございます。時に先鋒隊は5月10日、義元公本隊は12日。その兵力は2万5千とも4万ともいわれ、尾張1国を治めるにすぎなかった織田信長とは比べ物にならないほどの大兵力でありました。
それから5日後の5月17日。義元公本隊は尾張領内に入り、信長の父・信秀以来の武将・佐久間大学盛重の守る丸根砦、信長の叔父で飯尾氏の養子となった飯尾近江守定宗の守る鷲津砦に突入を開始したのでございます。

第一景 丸根・鷲津砦の戦い
敗走する織田勢

スモークがたかれる中、敗れた織田勢は息も絶え絶えに退却中。一方、それを追う今川勢の士気は高く、織田勢を舞台の外へ追い出してしまいます。
この場面では、拙者含め織田家臣は子供武者を率いて全員登場(信長公は登場せず)。必死の退却戦を演じたました。
(写真提供:真下昌景殿)

訓示を与える義元公

家臣たちからもたらされる勝利の報を聞き、労をねぎらう義元公。もっと上機嫌な家臣団は勝ち戦に気をよくして大笑いですが、義元公はそれを諌めます。
今川義元
「信長を侮るでない!信長のはかりごとは常人にはとてもとても予測がつかぬもの。よいか、油断は禁物じゃぞ!」
今川家臣団
「はは!」
そして、丸根・鷲津砦の勝利を祝って高らかに勝ち鬨が挙げられました。
(写真提供:真下昌景殿)

第二景 奇襲前夜(清洲城)

一方、清洲城では軍議が開かれております。が、肝心の信長は濃姫の酌で酒を飲んでばかり。
柴田勝家
「殿、今川軍は4万。我ら3千の兵ではとてもとても勝ち目はございませぬ。この際、いさぎよく城を明け渡し、穏便な処置を申し出る方が得策かと存じます。」
練習のかいあって、弾正殿の演技もなかなか真に迫っております。
開城を唱える勝家に対し、佐々成政は死を覚悟の徹底抗戦を主張。二人は言い合いになり、信長に決断を迫りますが・・
信長
「うい〜〜・・もう夜も更けた。お前達はそろそろ屋敷に戻るがよい。」
勝家&成政
「殿!何をたわけたことを!」
そこに突然木下藤吉郎が登場。丸根・鷲津が落ちたことを報告します。勝家・成政の両将は事の重大さを知り、再び信長に決断を迫りますが、信長は相変わらず酒を飲んだくれ。
続いて前田犬千代により、義元が桶狭間にて休息の報がもたらされてはじめて立ち上がり、濃姫の鼓で舞いを舞うのでありました。

敦盛その1
(写真提供:真下昌景殿)
敦盛その2
(写真撮影&提供:はま殿)

ここで信長は有名な幸若舞の「敦盛」を舞います。当初は、BGMに合わせて舞う予定だったようですが、今回の信長公役の方はこの日のために映画などを見て自分で研究されて、舞も言葉もすべて自分でやっておられました。いや、実にお見事でござる!!
人間50年、下天の内をくらぶれば、夢幻(ゆめまぼろし)の如くなり〜。ひとたび生を得て、滅せぬ者のあるべきか〜
この間、服部小平太と毛利新助は出番なし。前日の指示では、幕の後方に控えているとのことでしたが、観客がいっぱいで幕の後ろに行く隙間がなし(汗)。仕方ないゆえ、拙者は槍を立て、警護の兵のように後方に控えておりました。
信長
「者ども!出陣じゃ!!」
織田勢一同
「オォ〜〜!!」
語り部
「信長は丹下、善照寺砦を経て中嶋砦に陣を進めました。そして、桶狭間への道を固める今川軍の前軍に正面攻撃をかけることになったのでございます。この辺が、北東太子ヶ根の丘へと迂回路をとった従来の説とは異なる訳ですな。」

第三景 新舞踊 披露

ここで、血気盛んな信長の心意気を汲み、新舞踊「信長」が披露されました。
語り部
「さて、清洲城をわずか5騎の部下を従えてで飛び出した信長は、熱田神宮に戦勝祈願をいたしますると、2千足らずの兵を集めて桶狭間に向かったのでございます。いや、その前に今川軍の前軍が立ちはだかっているため、そこを突破せねば桶狭間どころではありません。それゆえ、義元公本人とあいまみえるとは思うわけもなく、義元公が何処にいるのかもわからなかったというのが正直なところでございます。信長はただただ中嶋砦を拠点に、今川軍の前軍を攻めることだけが狙いであったのです。」

第四景 桶狭間祝宴の場

一方、ところ変わって桶狭間。今川軍は緒戦の勝利に気をよくし、酒を酌み交わしながら酔いつぶれております。
語り部
「ここ桶狭間こそは、今川領となった鳴海・大高砦の分岐点であり、本陣を敷くには格好の場所。信長から見れば義元は大牛のような存在であり、信長が果敢に挑んだところで牛を噛む蚊のようなものでしかなく、とてもとても義元公の敵ではありませんでしたが、信長の智謀は義元公にとっても油断ならぬ敵でありました。」
今川義元
「此度の緒戦の勝利、ご苦労であった。その方たちも、ゆるりと休息いたすがよいぞ。」
瀬名氏俊
「かしこまってございます。」
今川本陣では酒宴が始まってしまいます。

第五景 「ああ、桶狭間」 披露

今川本陣では舞踊も始まりました。
ところが、ここでちょっとした事件発生。始まって間もなく、BGMが途中でプツンと切れてしまったのでござる(^_^;)。まぁ、こういうこともござる。語り部の方が上手く冗談で場の雰囲気を和らげて、その後は無事に舞も終了。今川勢は満足して酒宴はさらに盛り上がります。
油断するなと言っていたわりには、かなり油断しているように見受けられます。
(写真撮影&提供はま殿)

第六景 信長の決意

今川軍が酒宴に興じている一方、信長が会場の一角に登場。
語り部
「信長は今川軍に間者を送り込み、今川軍の同行を逐一把握していた。」
織田信長
「今川の武者共は鷲津・丸根両砦の陥落に手を焼きすこぶる疲れきった様子。我が軍はかなわぬ軍勢とはいえ、新手の武者たち。堅固な前軍とはいえ、攻めきれぬ相手ではあるまい。今をおいてその機はない!」

第七景 桶狭間義元本陣
語り部
織田勢が中嶋砦から桶狭間に向かっているとは露知らず、今川本陣は酒宴の真っ最中。そんな中、突然暗雲がたちこめ雷が鳴り響き、嵐のような夕立が襲ったのでありました。

第八景 織田軍の奇襲

そして雷鳴と共に織田軍が舞台左手から登場!大人武者・子供武者が一斉に今川軍に襲い掛かります。突然の敵の襲撃に驚いた今川勢はどんどん押されて後退。そんな中、拙者は前線から2,3歩離れたあたりから子供武者を勝手に督戦(注:誰も指示に従いません)。というのも、合戦に加わると自分の登場タイミングを逸してしまうからなのであります。ちょっと早めにスタートポイントに到着し、周囲の安全を確認。槍を振り回しても安全な間がとれているかを確認。汗で滑って槍がすっぽ抜けないように、手を巾着で拭きとり。そして耳に入ったのは・・
語り部
「見参、見参!織田軍家来・・・」
いかん!小平太登場の台詞が既に始まっているではないか!!
慌てて槍を頭上で振り回しながら駆け出し、舞台右手より登場したのですが、明らかにワンテンポ遅れております。しかし、その遅れは語り部の方に、小平太登場の台詞を途中からもう一回繰り返していただいたことで、なんとか修復。拙者はリズムを取り戻すことができたのでござる。振り回した槍、今度は義元に突きつけます。
服部小平太
「・・(前略)・・織田軍家来、服部小平太忠次、今川館に見参!」
拙者は左肩を前に出す形で義元との間合いを詰めます。
今川義元
「下郎、下がりおれ!」
ここからちょっとした殺陣の開始!
拙者は「いざ!」と叫んで義元の胸に向かって槍を繰り出しますが、義元は腰の太刀を抜き放つと同時に小平太の槍を払いのけます。バランスを崩す拙者。そして、義元は抜き放った太刀をそのまま振り下ろし、拙者の膝のあたりに一撃を!
拙者心の声(おし!決まった!)
これは、本当に練習以上に見事に決まったのであります。倒れながらちょっと感動した次第。

毛利新助登場!

毛利新助
「同じく織田が上総の荒小姓、毛利新助、手助け致す!」
太刀をふりかぶり、小平太にとどめをさそうとしたところで、真下殿演じる毛利新助が登場!義元の背後を取り押さえます。
今川義元
「おのれ、卑怯なことを!」
義元は背中に組み付いた新助をふりほどこうと回って暴れますが、そう簡単には離れない新助。その間に拙者は落とした槍を持ち直し、体勢を立て直して最後のタイミングを狙います。
(写真提供:真下昌景殿)

義元公の最期

デアァァ〜!!(これは自分の声)
義元公と組み付いている新助がぐるっと一回転したところで、拙者が間髪をいれずにとどめの一突きをグサッ!!
時間にするとほんの20秒程度。短いものではありましたが、義元公の最期のシーンは3人の呼吸がぴったりと合って、本当にきれいに決めることができました。拙者の登場シーンが遅れなかったらもっとよかったですね(^_^;)。
(写真提供:真下昌景殿)

態勢保持
(写真提供:松永弾正殿)

語り部
「ついに桶狭間の戦いは終わった。今から440年前、今川義元公はここ桶狭間に露と消えたと史実は伝えております。・・・」
と、語り部の締めくくりの台詞が続くのでありますが、その間、拙者ら3人はこの態勢を保持しなければならないのであります。このシーンで一番疲れるところでありました。拙者も槍を突き出した態勢そのままでは持ちそうになかったゆえ、ちょっと上体を起こして足幅も少し狭めたのですが、それでもやはりちときつい(ーー;)。そんな中、拙者のすぐそばに何かがいる気配がしたのですが、それが何かを確認する余裕はありませんでした。この時は、態勢を保持するだけで精一杯。後で写真を見たところ、近づいてきたのは地元ケーブルテレビのカメラだったのでござる。

練習では・・

ちなみに、練習中の様子はこちら。拙者だけに関して言えば、この態勢の方がずっとようござるな(反省)。
(写真撮影&提供:松永弾正殿)

挨拶

こうして、再現劇は終了。舞台中央に出演者全員が整列。義元、新助、小平太の3人も列に並び、拙者らの前には手作り甲冑隊が並びました。信長公と義元公が握手を交わした後、義元公はじめ、この戦で命を散らした戦死者に対して全員で黙祷をささげました。
それから、出演者の紹介が始まります。拙者と真下殿がワンアクションをするところでござる。まずは今川義元公。続いて織田信長公。ひょうきんなお二方はギャグを飛ばして観客を沸かせました。続いて、今川方から朝比奈泰能殿。外人の方が演じておられたのですが、恥ずかしがりやさんなのか、照れながら一礼して終わり。そして次は拙者・服部小平太。緊張の瞬間。
(写真提供:真下昌景殿)

最後はこれ

拙者は名前を呼ばれ、前に出て一礼。
司会の女性の方「服部小平太を演じられたのは○○(←拙者の本名)さんでした。」
そして拙者は本番初披露となる、槍を使ったワンアクションをやりました。何をしたかというと、言葉で説明するのはちと難しいのですが、正面で槍を2回転させてから、槍を右脇にかかえて決めポーズをとる(左写真は練習中のもの)、というものであります。と、こんな説明でわかります(^_^;)?
(写真撮影&提供:松永弾正殿)

続いて、真下殿演じる毛利新助の紹介。真下殿は太刀を使って、鮮やかに決めました。これも言葉では説明しづらい(^_^;)。
それから3人の姫君が紹介されました。
続いてインタビューの時間。インタビューされたのは今川義元公、織田信長公、姫、そして髭までつけた弾正殿扮する柴田勝家!弾正殿も普段とはちょっと違う低い声で、勝家を最後まで演じておられました。(本人曰く「緊張していただけ」)
そして、関係者の挨拶が行われた後、観客も含めた全員で勝ち鬨三唱!
こうして、6回目の歴史祭り参加、初の再現劇参加となった第15回桶狭間古戦場まつりは幕を閉じたのでありました。

<謝辞>
この祭りの情報を提供していただいた松永弾正殿、拙庵参加レポート6回連続登場の真下昌景殿、今回もお世話になりましたm(_ _)m。また一緒にどこかの祭りに参加しましょうぞ(^o^)!
そして、今回初めてお目にかかった上杉播磨守定景殿、はま殿、ありがとうございました。今後もよろしくお願いいたしまするm(_ _)m。
事前や、前日にいろいろ情報を提供していただいた今川尾張守秀秋殿、信長役の大任を果たされた三河守義英殿はじめ、今回出演された皆様、写真撮影などにご協力いただき、まことにありがとうございました。おかげさまで今回もいい記念ができました。
見物に来ていただいたごくう殿、暑い中ありがとうございました。
拙者を泊めてくれた伯父・伯母には感謝の意を表しまするm(_ _)m
そして、初夏の暑い日差しの中、祭りの運営にあたった桶狭間古戦場まつり実行委員会の皆様並びに関連団体の皆様、お疲れ様でした!


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