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古戦場・史跡公園選択

時代区分太平記分類区分古戦場旧国名山城
現在地京都府相楽郡笠置町

関連人物

・後醍醐天皇

関連事件元弘の変

笠置山(笠置寺)

笠置寺の歴史
 笠置山は京都府の南、奈良県との県境に近い山間部の中の山の一つです。高校レベルの教科書にも、鎌倉時代末期、討幕計画が露見してしまった後醍醐天皇が笠置寺に逃げ込み、幕府の大軍と一ヶ月ほどの攻防戦を繰り広げた(元弘の変)場所として登場します。結局、奇襲によって天皇側は敗北し、天皇は捕らえられて隠岐へと流され、笠置寺は戦火で全山消失してしまったそうです。その後、室町時代に少し復興したものの、江戸時代中期には荒廃し、明治には無人の寺となりました。明治9年になってから和尚さんが住んで、徐々に復興して現在に至るそうです。
 笠置山の特徴は、山頂付近にある巨大なの数々。紀元前の頃から、これらの巨岩は信仰の対象となっており、やがて巨大岩石に仏像が彫刻され、僧たちの修行場として栄えていたそうです。

こちらの「ゆるぎ石」とは、元弘の変の時に天皇方が防御のために運んできたそうです。
重心が岩の中心にあるので、人間の力でも押せば動くとのこと。もちろん、拙者も試してみました。

本当に動きます(驚)

そして、山頂には後醍醐天皇の仮住まいであった行在所(あんざいしょ)の跡地がありました。
門は閉じられており、石垣で囲まれているために中に入ることはできません。
中は樹がうっそうと茂っておりました。

笠置寺の名物は、巨岩に彫られた仏像(「磨崖仏」という名前で呼ばれていた)。一つはその跡しか残っていないのですが、一つは大きな岩に彫られた仏像をはっきりと見ることができました。新緑の時期もいいですが、紅葉の頃が一番綺麗な景色になると思います。
史跡見物というよりは、ハイキング・山歩きの要素が強かったですね。一通り見て回るとけっこう疲れます。

笠置駅前にある「元弘の変」。
弓を構えている烏帽子の武将は三河国住人足助重範という天皇方の武将。弓矢で多くの幕府軍兵士を討ち取ったそうです。
その隣で岩を持ち上げているのが般若寺の本性房という怪力の僧。
表情とかも、けっこうリアルに作られています。

<交通情報など>
・最寄り駅:JR関西本線「笠置」駅。山上の笠置寺入口まで徒歩およそ30分。
(登山道は、自然の遊歩道と、舗装されて車も通れるハイキングコースの二つ)
・車:笠置寺入口近くに有料駐車場あり。
・笠置寺拝観料300円

探検日:2004年9月12日
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