時代区分 | 江戸時代 | 分類区分 | その他 | 旧国名 | 河内 |
現在地 | 大阪府大阪市北区天満 | ||||
関連人物 | ・大塩平八郎 |
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関連事件 |
大塩平八郎の乱が起きたのは1837年(天保8年)。江戸時代後期の出来事でした。
乱が起きた場所は大阪(当時は大坂)。現在の地名でいうと、大阪城の北・天満のあたりで、都会の中心に近いところです。もちろん、乱が起きた当時も大坂は大都会でした。
洗心洞(せんしんどう)とは、文政8年(1825年)に大塩平八郎が開いた学塾の名前です。付近の造幣局の説明看板によると、講堂のみならず、一部の門弟のために寄宿舎も併設されていたとのこと。かなり大きな施設だったのかもしれません。 |
こちらは大坂東町奉行所配下の与力・中嶋家の役宅門。洗心洞の石碑の近くにあります。 |
こちらは、造幣局の前の国道1号線にぽつんとたたずむ小さな石碑。 |
<交通手段>
・電車
最寄り駅は、JR環状線なら「桜ノ宮」あるいは「天満」駅。JR東西線なら「大阪天満宮」駅。京阪なら「天満橋」駅。
・車
それぞれの場所に観光客用の駐車場は用意されておりませんが、上記のものは全て徒歩で回れます。