佐々成政戦国時代祭り

第33回 2003年7月20日開催

立山連峰をのぞみ自然溢れる富山県大山町では、佐々成政戦国時代祭りを開催しております。この祭りの主人公である佐々成政(さっさなりまさ)は戦国時代を終焉に導いた織田信長の家臣として、各地で活躍した戦国武将でありました。天下布武を進める信長軍団の中で、成政は柴田勝家と共に北陸方面に攻め込み、その手柄で越中の国(現在の富山県)の主となりました。成政は武勇の将というイメージが強いですが、その一方で治水工事に尽力するなど、短い統治期間の間に内政にも力を注ぎ、現在でも地元で親しまれている戦国武将であるようです。
この祭りのメインは参加者が演じる戦国絵巻。前回参加した桶狭間古戦場まつりで、再現劇の面白さを感じた拙者はこのお祭りにも応募したのでありました。そして、配役表が届いてびっくり!拙者が今回承った役は、なんとあの織田信長!さらに、共に参加することとなったお祭り姫(武者?)松永弾正殿は成政の愛妾・早百合姫役を、肥前守左馬之助殿は明智光秀役となりました。拙庵参加レポート7回連続登場となる真下昌景殿と越後のサムライダーやーたろー殿は鉄砲隊に配属。
自分が信長公役となったことを知ったときは、(拙者に務まるのだろうか・・?)と不安に思いましたが、多くの方々から応援と祝福をいただいたこともあり、(滅多にできない役なのだから、悔いが残らないように一生懸命がんばろう!)と考え直し、早速届けられた台本を読みにかかったのでござる。(ただし、台詞や語りなどは予めテープに録音しているものを流すため、出演者が台詞を覚える必要はなかったのですが・・)さて、歴史祭り参加7回目。劇参加は2回目となる今回、何が待ち受けているのでござろうか?


さて、今回のお祭りもメインは時代劇ゆえ、事前の練習が必要となりまする。事前練習は前日の夜と、本番当日の午前からお昼にかけて行い、夕方から武者行列・戦国絵巻本番という流れでありました。前日夕方に到着した頃には、すでに舞台はほぼ設営されており、その前には赤い絨毯が敷かれておりました。まずは、配られた弁当を食べて腹ごしらえをしてから、早速、第一幕:長篠の戦いから練習開始!

<第33回 佐々成政戦国時代祭り 演目>
第一幕:長篠の戦い
第二幕:成政と佐々堤
第三幕:魚津城の攻防戦
第四幕:成政と早百合姫
第五幕:回想本能寺の変

上演される5つの場面の中で、信長が登場するのは最後の第五幕のみ。同じく、左馬之助殿演じる光秀も第五幕のみで、弾正殿演じる早百合姫も第四幕のみの登場でありました。鉄砲隊の真下殿・やーたろー殿は第一幕と第三幕に登場。
出番が来るまで、鉄砲隊の二人の活躍を見物しようと思ったのですが、なぜか二人が鉄砲隊メンバーとして呼ばれず・・。。真下殿が問い合わせてみたところ、演技指導の方が持っている配役表と拙者らに配られた配役表が若干異なっていたのでありました(^_^;)。この変更で、真下殿とやーたろー殿は鉄砲隊ではなく、雑兵として1・3・5幕の3場面に登場することとなりました。拙者らは変更なしでそのまま。
自主練

最初は練習風景を見ていたのですが、だんだん待ちくたびれてしまいました(^_^;)。そこで、やーたろー殿に教えてもらった頭上槍振り回しを自分で練習。
今回この技は使えるでござろうか?

(写真提供:松永弾正殿)

途中、休憩をはさんだ後、やっとこさ第五幕の練習開始。舞台に立つと、さすがにちょっと緊張。毎年参加されており、今回は主役の成政を演じる他、演技指導にあたった方からは
「自分の(信長に対する)イメージでやっていいよ。問題あったら言うから。」とのこと。
信長役は大きな立ち回りなどはないのですが、一つ一つの動きに威厳というか、風格というか、天下人の雰囲気をかもし出すことが望まれまする。特に困ったのが、自害のために奥に消える(舞台の奥へ降りる)シーン。挿入される語りは
信長は槍を構えて、不思議な荘厳さで殺気の像を描きながら、奥の書院に向かって歩き始めた
というもの。どのように槍を構えて歩けば、語りの通りの表現ができるのか?これはかなり難題だったのでありますが、特に何も言われずに、この日の練習は終了したのでありました。

練習終了予定時刻は9時だったのですが、だいぶ遅れて10時に終了。参加者の方々、お疲れさまでした!
出発前は、緊張のせいかほとんど眠れなかった拙者も、この日はさすがに疲れが溜まっており、ホテルに戻ってすぐに眠りに落ちたのでありました。

さて、本番当日の朝。天気は微妙な感じの曇り。天気予報も雨・曇りと不安なものでありました。昨日やったことを確認しながら、通しで再度練習が始まりました。
長篠の戦いリハーサル
前回り受身

長篠の戦いの一場面。
精強な武田軍も、鉄砲の餌食となってしまったのでありました。

武田軍として突進するやーたろー殿は、前回り受身で被弾(回避ではありませぬぞ)。
その瞬間を撮った貴重な一枚。
(写真提供:肥前守左馬之助殿)


ここで、ちょっと嬉しい変更が。第三幕:魚津城の戦いの導入部で、上杉軍と織田軍によるチャンバラが行われるのですが、出演する真下殿の相手の方がいなくなってしまうという事態が発生。誰か、出番のない人が代わりに加わっていいとのことゆえ、拙者が参加することになったのでござる。拙者らは、隣で華麗な立ち回りを演じるやーたろー殿に触発されて、二人で案を出しながらこれまでの経験を踏まえて殺陣を考案。うむ、楽しみが増えもうした(^o^)。

南蛮胴

午前の練習が終わってからしばしお昼休憩に。
休憩場所には、本日着用する鎧が陳列されておりました。左の写真は拙者が着用するもので、信長らしく南蛮胴であります。色は黒ではなく、こげ茶色みたいな色で地味な印象です。赤いマントでもつければもっと信長っぽくなると思う(言われもしました)のですが、この祭りの主役は佐々成政であるうえに、第三幕にも登場するとなれば、これぐらいの方が適当なのかもしれませぬ。

面頬装着

午後の練習までだいぶ時間に余裕があったゆえ、一人で初めて着る南蛮兜、そして装着手順を教えてもらって面頬も装着してみました。せっかくの機会ゆえ、面頬も着けて出てみたかったのですが、残念なことにこの面頬と拙者の顔の輪郭が合っていないのでありました(T_T)。面頬と拙者の頬の間に大きな隙間ができてしまっているのが一目瞭然であります。う〜〜ん、無念。

(写真提供:松永弾正殿)

真下殿も着装

それにしても、南蛮胴は珍しいものではないでしょうか?拙者はもちろん、自前鎧所有の真下殿・やーたろー殿・左馬之助殿ですら南蛮胴は初めてとのこと。拙者は皆様に手伝ってもらいながら着てみたのですが、胴の上につける部品のつけ方があまりよくわかりませんでした。この部品、通常の鎧にはありませぬ。せっかくの機会ゆえ、この流れで真下殿も南蛮胴を試着。

(写真提供:肥前守左馬之助殿)

と、いつの間にやら鎧試着時間となってしまいましたが、ここら辺で午後の練習開始!
第三幕の真下殿との殺陣、そして本能寺の変と、出番が増えた拙者は練習にさらに熱を入れたのでありました。しかし、熱を入れすぎたためか、殺陣の際、鍔迫り合いから飛びのいたときに隣の人の背中に衝突してしまったのであります(^_^;)。申し訳ない。人が多い場面では、周囲に気をつけなければなりませぬな。
こうして、練習も終了。着付けが終わったら早めの晩御飯。そしていよいよ武者行列の始まりでござる!


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