今から300年ほども前の話。
戦乱の世はとうの昔に終わりを告げ、日本は江戸幕府の下で平和な日々を過ごしていました。
戦国時代には戦士として活躍した武士も、ほとんどが戦を知らない世代になっていました。
かつての「武士道」とは実態を伴わない空虚な言葉になっていたかもしれません。
ところが、そんな時代でも武士の道を貫いた侍たちがいました。
播州赤穂浅野藩の家老・大石内蔵助(おおいし くらのすけ)ら47人の旧赤穂藩の藩士達は、主君の仇を討つために命懸けの討ち入りを敢行。
見事に本懐を遂げたのでありました。
歴史上では赤穂事件と呼ばれるこの事件は
その後も人々の間で形を変えながら語り継がれ
今日でも「忠臣蔵」という物語で親しまれています。
忠義とは何か?
武士道とは何か?
彼らには様々な思惑があったことでしょう。
武士の一分(面目)
主君の無念
片落ちの裁断
残される遺族
自らの人生
そして
命を捨てる覚悟で臨んだ討ち入り。
彼らへの評価は人によって様々ですが
拙者は彼らに武士の魂を感じました。
武士にとって大切なことは何なのか。命に代えてでも守らなければならないものは何なのか。
まだ答えははっきりと見つかっていませんが、拙者は彼らの物語を「侍列伝」の一つとして紹介したいと思います。
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