武士のおこりはいつなのか?はっきりと決めることは難しいですが、こちらでは平将門の乱を、武士が表舞台に登場した最初の事件として、侍たちの年表を作成しました。
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935 | 承平5年 | 2月・野本付近の戦いで平将門が伯父の平国香らを破る。 (平将門の乱の始まり) |
936 | 承平6年 | 6月・紀淑人が伊予守兼追捕南海道使に任じられ、藤原純友ら海賊を帰順させる。 |
937 | 承平7年 | 8月・子飼渡の戦いで平良兼が平将門を破る。 |
938 | 天慶元年 | 2月 |
939 | 天慶2年 | 3月・源経基が上京して平将門らの謀反を訴える。 |
940 | 天慶3年 | 1月・藤原忠文が征東大将軍に任命される。 |
941 | 天慶4年 | 5月 |
969 | 安和2年 |
源満仲が藤原千晴(秀郷の子)らによる為平親王擁立の謀を密告。 千晴らは流罪、満仲は正五位下に任官される。 <安和の変> |
1019 | 寛仁3年 | 3月・刀伊の入寇 |
1028 | 長元元年 | 平忠常の乱 |
1031 | 長元4年 | 源頼信が戦わずして平忠常を降伏させる。源氏の関東進出の足がかりとなる |
1050 | 永承5年 | 安倍氏が鬼切部の戦いで藤原登任・平重成の連合軍を破る |
1051 | 永承6年 | 源頼義が陸奥守となる |
1055 | 天喜3年 | 阿久利河付近で源頼義の配下が何者かに襲撃される |
1056 | 天喜4年 | 8月・安倍頼時追討の宣旨が出される |
1057 | 天喜5年 | 夏・安倍頼時が戦死 |
1062 | 康平5年 | 春・高階経重が陸奥守として赴任するが、源頼義に追い返される |
1083 | 永保3年 | 清原氏に内紛が生じる。源義家は藤原清衡を助けて介入。 <後三年の役開始>〜1087年 |
1086 | 応徳3年 | 白河上皇が院で政務を執り始める。 この頃、北面の武士が設置される。 <院政の始まり> |
1087 | 寛治元年 | 源義家らが清原家衡らを破る。 奥州藤原氏の東北支配が始まる。 |
1098 | 承徳2年 | 源義家が武士で初めて院の昇殿を許可される。 |
1107 | 嘉承2年 | 源義親(義家の子)が出雲で反乱を起こす。 <源義親の乱>〜1108年 |
1108 | 嘉承3年 天仁元年 |
平正盛が源義親を討つ。 源平2氏が、延暦寺、園城寺僧徒の入京を阻止。 |
1129 | 大治4年 | 平忠盛が瀬戸内海の海賊を討伐する。 |
1132 | 長承元年 | 平忠盛、昇殿を許可される。 |
1146 | 久安2年 | 平清盛、安芸守に任命される。 |
1154 | 久寿元年 | 源為義、子の為朝の乱行が原因で右衛門尉を解任される。 |